同人活動の思い出/創作物の地雷について

現役時代の知人に「ツイッターで私の地雷を3回呟いた奴はブロックする」というルールを作っていた人がいました。当時は「厳しいなあ」と思っていたけど、今ならそれも分かる気がします。
地雷を我慢して溜め込んで大爆発してしまうと、あとに何も残らなくなりますから。

もちろん「あまり好きじゃない」程度のものは「地雷」とは言いません。
でも、世の中には色々なものがあるのです。偶然「見るに堪えないおぞましいもの」に出会ってしまう機会が、いつ訪れるか分かりません。ずっと出会わなければ幸せだけど、好奇心旺盛で積極的に他人の作品を見ようとする人ほど、そのリスクは大きいです。

私もさすがに同人をやめてからかなりの時間が経っているので、当時のトラウマはそろそろ忘れてもいいはずなのですが、普段は忘れていても時々フラッシュバックするんですよね。
これ、私が将来認知症になった時にどんな形で現れるのか、かなり怖いです。

腐女子だっていずれ超高齢になっていくので、介護施設で突然「〇〇×□□(その人にとっての地雷カプ)●ね!」とか叫ぶおばあちゃんが現れる未来も、そう遠くはないはずです。
そして職員さん達が「〇〇×□□って何?」「確か昔の漫画の…」みたいな会話をするのです。
恐ろしいけど、BLにハマっていた腐女子ならこうならないほうがおかしいです。

昔は、地雷の定番と言えば「逆カプ」や「対抗カプ」でした。
〇〇×□□が好きな人にとっては、□□×〇〇や〇〇×△△は嫌なものという感じです。
今はもっと好みが細分化して複雑になっていますが、カップリングが重要なのは変わりません。

でも昔、イベントで通路を挟んで逆カプ同士のスペースが並ぶという配置を見たことがあり、その通路の空気が非常に怖かった思い出があります。
そこに参加していた人の中には、自分のスペースから逆カプのポスターが見えるのが嫌で、スペースを売り子さんに丸投げしてその場を離れる人もいました。

何が地雷なのか、どこまで我慢できるのか、その基準も人によって全部違います。
人の作品を悪く言うのは良くないことですが、見て本当に不快になるのも事実なのです。
こればかりは本当に「創作物の地雷」というものを経験した人でなければ、あのどうしようもない不快感を理解することはできないと思います。

私は現役時代、何度かそういう気持ちを経験して、どういうものが自分の地雷なのかを分析し、踏まないためにはどうすればいいのか考えていました。そうこうしているうちに、やがて同人への興味も薄れて引退することになるわけですが、今でも二次創作を見るのは嫌いではありません。
私にとって不快な作品もありましたが、萌える作品もたくさんありました。

何度も言いますが、同人の世界で戦争が起こるのは、みんなが「自分の好きなものを本気で愛しているから」なのです。誰も、そこまで好きではないもののために戦ったりはしません。
なので殴り合いもまた一興(・∀・)私は重傷の老兵なので、情けないけど退場です。

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