同人活動の思い出

同人活動の思い出/過去の私がどんな同人女だったかという話

よく考えたら少し珍しいケースなのかもしれませんが、私は同人の世界を知る前から、一次創作漫画を雑誌に投稿していて、印刷用の漫画原稿の作り方も知っていました。
当時はまだ、二次創作の存在を知りませんでした。

小中学生とは言え、一応プロを目指すという名目で投稿していたので、実はこの頃が一番、厳しく漫画を批評されていたと思います。高校に入って同人の世界を知った時は、版権キャラを描くだけでそのキャラのファンからはとりあえず褒めてもらえるという状況に驚きました。

編集者さんから厳しく批評される雑誌投稿と、趣味で楽しむ同人活動は、同じ創作活動なのに全然違うものでした。同人にも一次創作とかストイックな界隈はありますが、当時の私はそれを知らなかったし、私に同人のことを教えてくれた友達も「同人=二次創作」というノリでした。

そんなわけで、私にとっては、同人活動と言えば二次創作!カップリング!という認識でした。
世の中にはそういう内容ではない同人誌も存在するけど、私はお手本のようなテンプレ腐女子として同人界隈に参入したため、そういう内容しか目に入っていませんでした。

私が同人に夢中になっていた頃は、自分の推しカプが絶対正義だと信じていましたし、公式が推しを優遇しなかったら文句を言いまくっていましたし、自分が「無い」と思っているカプを推している人に対しては「こいつは原作をきちんと見ていない」と蔑んでいました。

当時は心から真剣でしたが、引退して十年経った今なら、正直イカレていたと分かります。
もしも今、同じ界隈に過激な人がいて怖いと感じているオタクさんがいたら、あと数十年ほど待ってあげれば、過激な人も大人しくなるかもしれないので、どうか安心してください。

ただ個人的には、それぐらい強い気持ちが無いと二次創作を続けることなどできないのでは?とも思います。非公式カプはすべて妄想、熱くなりすぎるのは痛い、同人だけに依存せず他の趣味にも目を向けよう…なんてことは、すでに冷めきって引退した人間が考えることです。

本気でハマっている最中にそんなに冷静になれるわけが無いと思っているので、現役の頃は、同人に対して正直そこまで熱意が無さそうに見えるのに活動は続けている人を見ると、不思議に思っていました。私なら、少しでも冷静になったら二次創作を完成させることはできません。

私の場合、精神状態が最高潮から少しでも落ちたら、二次創作のネタは思い浮かばなくなってしまいます。実際に落ちてみて分かりました。で、そんな私が二十三年間同人を続けたということは、二十三年間、最高のテンションを休み無く維持し続けたという…こと…?え?私の脳大丈夫?

四半世紀近くも続いた妄想大爆発カーニバルが、今の私の脳に何らかの悪影響を残しているかもしれないと心配しつつ、今はもう「常に脳を支配している狂気」は無いので、テンション低く静かに生きています。いずれにしろ、昔は楽しかったし今も平和なので、不満は全然ありません。

コメント

  1. より:

    ヒロコ1号さん

    こんばんは。11月なのに変に暑くて不安定な気候が続きますね。
    そちらはどうお過ごしでしょうか。

    実は私も同人作家よりも、漫画の描き方を知っていた人間で漫画を出版社に投稿していました。きっかけは94年発行された、里中満智子先生の実技本です。
    結果はやはりというか、落選でした。

    同人作家さんの過激さは狂っているのかもしれないけれど、それ位の熱量がないとやっていけないのも解ります。学業が終われば、お仕事が始まり家事をしながら絵を描き続けるということですから、私も、他の同人作家さん達も良い感じに狂っているのかもしれません。
    同人誌ではありませんが、私も2010年位から2021年までずっとコピー紙にひたすら落書きを続けたカップリングがありまして、狂人でした。良くそこまでシチュエーションが思いつくなと思うのですが、私の場合は変態なのでしょうがないと開き直ってしまいました(苦笑)

    23年の活動歴は本当に凄いです!
    私の活動は、活動をやめた時期があったので、近年復帰して3年ほどで、まだまだ甘いです。色々同人のお話も読ませて頂いて、参考にしておりまして、実はHPでも感想がくるよ!というお話等、ブログの方ですが、SNSを使わずとも本当に感想が来ました。
    やはりそこまでの活動歴があったからこそ様々な実績が生まれるものだと思い、あの説得力のある言葉は、長期の活動歴から生まれるものなのかなと思います。千里の道も一歩から、という言葉通りと感じます。

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