同人引退後、2次元キャラ達に対する姿勢が変わってしまった話

私は同人を引退した後も、気になったアニメなどは見ていますし、昔好きだった作品を見返すこともあります。特に、大ハマりして二次創作までしていた作品については、ハマっていた時の気持ちも強く記憶に残っているのですが、だからこそ現在の自分の気持ちに大きな違和感を感じています。

同人をしていた頃の私には、当然、キャラの「好み」というものがありました。
作品を見て、その中で自分の好みに最も合うキャラを見つけて、推してカップリングを作って妄想して二次創作をして狂喜乱舞するのが私の生きる目的でした。

こういうタイプのキャラが好みだとか、この手のキャラに弱いというハッキリとした条件が自分の中にあって、交流相手達にもそれを普段からアピールしていたので、他の人から「ヒロコさんはこのキャラが好きそう」とオススメされることもありました。

ですが同人をやめて5年以上経った今、自分の一番の推しだったはずのキャラを見ても「他のキャラと比べて飛び抜けて魅力的というほどかな?どのキャラもみんな良いよね」と感じている自分に気付いてしまったのです。キャラ達に対する気持ちが驚くほど平等になっていて、みんなそれぞれ物語に必要なキャラだよねと、めちゃくちゃ冷静になってしまっていました。

作品全体に対して面白いかどうかという判定はしますが、キャラひとりひとりに対して推しとかカプとかを考えることは無くなりました。これに気付いた時はかなりショックでした。
木ではなく森を見るようになったというか、距離が遠くなったということかな?(´・ω・`)

昔の私は、好きなキャラがいれば当然嫌いなキャラもいました。公式で私の好きなキャラに危害を加えたり、推しカプの邪魔になるキャラのことは、表には出さなくても密かに憎んでいました。
でもこれは、本気で推しにハマっている人なら当たり前のことで、だからこそ同人界隈には派閥というものがあって、嫌いなキャラへのヘイトを二次創作で表現する人もいるのです。

でも今の私が思うことは「みんなそれぞれ物語に必要なキャラだよね」です。
特別激推しなキャラもいなければ、特別疎ましいキャラもいない、非公式カプの妄想なんて何も思いつかない、そりゃあ二次創作なんてもうできないでしょうよ。
なんという腑抜けになってしまったのでしょう。いやそのぶん心は超穏やかですけど。

キャラに対する姿勢がそうなってしまった後は、自分が昔描いた二次創作に対する違和感も計り知れないものになりました。時間が経てば経つほど、自分で描いたものに対して「どう解釈したらこんなことになるんだ???」と思うようになって、その先は本当に地獄です。
もういい、もう見返さないで封印しよう、思い出の中でじっとしていてくれという感じです。

現在は、歪んだフィルター無しで落ち着いて作品を見ることができていて、それは決して悪いことではないはずです。でも昔の「男が2人いればBL!」とか「推しが死んだけど二次創作では生きていることにするわ!」みたいな、完全に何かをキメてしまっていたような感覚も、時々懐かしく思うことがあります。正気ではなかったけど、やはり楽しかったですね。

両方の気持ちを体験できて、1粒で2度お得な人生だと感謝することにします。

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コメント

  1. K より:

    以前、同人Twitterに疲れ果てていた頃、ヒロコ1号さんの記事(『ストレスを感じているのにツイッターをやめられない人が多いのはなぜか?』)に辿り着き、助けて頂いた者です。苦しいTwitterから離れるきっかけをくださり、ありがとうございました。
    もうすでに同人界を去ったので、今や引退後オタクとなったのですが、あの頃をうっすらと懐かしむ気持ちが残っており、折に触れてこちらのブログを拝読しています。

    こちらの記事にも、共感するポイントが多く、分かる分かると頷きながら拝読しました。
    新作アニメやグッズの最新情報を追いかけることも、二次創作もしなくなった今は、私もとても静かな心境で過ごしています。当時は「二次元を楽しんでいた」と言うより「二次元に狂っていた」と言う方が正しい気がするので、この穏やかな心こそが通常の精神状態に戻ったということなのかもしれません。

    ある作品にドハマリしていた頃を振り返れば、一日に何枚も二次創作イラストを描いたり、見聞きしたものをとにかく推しCPの妄想に繋げたりと、あの熱狂は異様でした。ときどき、過去のイラストを整理すると、自分が描いたものだなんて到底信じられないほど解釈違いです。ヒロコ1号さんの「どう解釈したらこんなことになるんだ???」という一言が本当に的確で、笑ってしまいました。

    ただ、妄想を語り合ったり聖地巡礼をしたりしたことは確かに心底楽しんでいましたし、当時のイラストに感想をくれた人の優しさや思い遣りはありがたかったので、消し去りたい黒歴史だったと一概には言い切れず複雑です。ときおり、そういった愛憎の入り混じる複雑な感情が湧いてきます。公式もビックリのとんでもない解釈で二次創作をしていたことへの申し訳なさに、頭を抱えるときもあります。

    長々と失礼しました。私も、作品にハマったことで色々な体験をさせてもらえた幸せに、感謝の心を忘れないようにしたいです。

  2. ヒロコ1号 より:

    >Kさん
    ツイッターから離れるためのお手伝いが少しでもできたなら良かったです。
    あの記事は、最初は自分が苦しんだことに対する恨み言を前面に出したものでしたが、たくさんの人に読まれるようになってからは何度か文章を見直し、今の形になりました。
    今疲れ果てている人に、ツイッターはしなくてもいいと少しでも伝わればと思います。

    同人への熱が冷めてからやっと「普通に好き」な状態と「狂っている」状態の違いを自覚できたような気がします。後者の熱狂は、何かに狂ったことが無い人には決して理解できないものですし、自分で狙って狂えるものでもありませんので、人生の中で、あの命を燃やすような感覚を体験できたこと自体が、実は奇跡だったのかもしれません。

    他人様のキャラでとんでもない二次創作をしていたことは確かに黒歴史ですが、その作品を気に入って感想をくれた人達への感謝などは、これからも忘れないようにしたいです。
    同人の思い出を消し去ってしまったら、私の半生が無くなってしまいますので、後からどれほど恥ずかしくなったとしても、消し去るのは違うと思っています。

    心から楽しんでいた時の、何物にも代えがたい幸福感は、今後同じ気持ちを味わえる時が来るかと考えると正直無理だと思います。きっともう二度とあんな気持ちにはなれません。
    とんでもなく狂っていたけど、あの時はとても楽しかったです。