私がツイッターを退会する以前から、ツイッターの弊害を語る人たちは存在していました。
あげられる問題点は「悪口やデマばかり」「馴れ合いがウザイ」「承認欲求に囚われる」というようなもので、だからストレスがたまるのだという結論になります。
でも本当に、ストレスの原因はそれだけなのでしょうか?
もっと言うなら、悪口やデマが100%というわけでもありませんし、マイペースで馴れ合いをしない人もいます。それでもやはり、ツイッターは疲れるのです。それはなぜか?
おそらく感覚的には分かっているけど、言葉にするのは難しいのです。だからどうしても、言葉にしやすいことだけを書きがちなのですが、今回はそこを無理やり頑張ってみようと思います。
私たちは、別に不快な話題ではなくても「今はその話に興味が無い」という時があると思います。
暴言などの明らかに不快な内容を嫌だと感じるのは当然ですが、この「別に不快でもないけど見たいとも思わない」ものも、少しずつツイッターユーザーの心を蝕んでいくと私は考えています。
自分のタイムライン(自分専用に用意されたはずの場所)に「今はその話に興味が無い」とか「自分には関係無い」と思うものがガンガン流れてきたら、暴言や失言ではない普通の内容でもなんかウザくないですか?特に私は「同人関係の萌え語りや作品だけを見られる」と期待してツイッターを始めたので、平穏など一瞬で終わりました。
私がツイッターをしていた頃に相互フォローしていた人の中に、作品は良いし萌え語りや考察も面白いけど、締め切りギリギリにしか原稿を出さない人がいました。
普段は良くても原稿中の「もう間に合わないかも」などのツイートが鬱陶しくて、そんなことを呟くヒマがあったら黙って描けとしか思えず、だんだんその人の全部が嫌いになっていきました。
これは暴言やデマのような炎上ネタではありませんが、即売会があるたびにそんなツイートが流れてきたら「もうたくさんだ」「いいかげんにしろ」「学習しろ」とイライラしてきて、いずれその人の全人格を否定したくなりませんか?私はなりました。
これはほんの一例ですが、他の内容でも同じようなことは起こるはずです。
ツイッターが無かった頃なら「相手のここが気に入らないけどまあ仕方ないか」と流せたし、普段は別々の場所で過ごして必要な時に交流するなら欠点も見えにくいのに、常にフォローという形で繋がれているせいで、適切な距離を取れずにストレスがたまります。リムブロするほどではないけどなんか鬱陶しい、でもリムブロするほどではない…この闇は、後からジワジワと効いてきます。
もう絶対にリムブロしてやると思うほどの決定的な出来事があれば、普通に切ることができます。
でも、そこまでのことは無い(そこまでのことがあったらそれ自体が物凄いストレスですが)…でも完全に気分良くやり取りできているわけでもない…相手を嫌いにはなりきれないけど、腹が立つ時もある…私はここで「真綿で首を絞められる」とはこんな感覚なのだと学ぶことができました。
時々「嫌いな人はフォローしなければいい」なんて言う人がいますけど、そんなに単純な問題ならこんなに多くの人が苦しんではいないのです。実際は「完全に嫌いにはなりきれないからリムブロやミュートはできない。でも時々気に入らない発言をする。そういう人を全部切ったら誰もいなくなるけど、それでいいのか?」と、限界が来るその日まで、ぐるぐるぐるぐる悩むのです。
私がツイッターを退会する直前は、朝に「おはよう」とツイートしている人にも「何がおはようじゃ黙れクソが!」と思っていて完全に末期な精神状態でしたが、そうなってしまったのは、ひとつひとつは小さかったはずのストレスが数年かけて積もり積もったせいなのです。
数年かけて出来上がった憎悪の塊を消すためには、同じく数年の時間が必要です。
それにツイッターは「悪い内容じゃないけどなんか邪魔」なものに加えて「明らかに不快な内容」も当然流れてくるので、とりあえず全体的に不快です。
中には面白いツイートもあると思いますが、1個の面白いツイートを見るためには、99個のクソみたいなツイートを掻き分けないといけないのです。それなら諦めたほうが精神衛生上良いです。
ツイッターは「悪口やデマばかり」とも限らず「馴れ合いばかり」でもありませんが、なら悪くないものなのか?と言われたら、私は趣味も奪われて病院送りにされたのだから良いもののはずがありません。この果てしないモヤモヤ感を、どう表現すればいいのでしょうか?
SNSが合わない人の中には、私と同じことを感じた人もいるのではないでしょうか?
私と同じような考えを言葉で説明しようとしている人も、他にもいるかもしれません。
なんか偉い人が、もっと分かりやすく纏めてくれているなら教えて欲しいです。
コメント
SNS主流になってきた同人についてモヤるたび、こちらのサイトにお邪魔させていただく自分にはまさしく…な記事でした。
悪い人じゃないのは解るけど、性格が合わなかったり鬱陶しいと感じる瞬間があったりするのは、人として当然だと思います。どんなに好きでも、家族や恋人と四六時中一緒にいるのがキツイ自分には、他人が視界にずっとちらつくのは…。
愚痴やズボラの報告もげんなりしますが、診断メーカーや◯リツイートされたら描くという、いわゆるかまってちゃんタグに精神をやられました。あれって何かにつけて見て!聞いて!って傍で言われるような感じで…小さい子供なら許せるけど、成人した大人がやっていると思うと(苦笑)本来かまって!褒めて!という感情はおおっぴらに公言するものじゃないのに。
「嫌ならリムブロ、ミュートしてください」とこちらに委ねられるのも、歩道をマナーを守って歩いているのに、暴走族に避けろと言われるような…電車で隣の席が騒がしい時、つけたくもないイヤホンを耳にするような…そんな気持ちになりました。自衛する前にお前が気を遣えよ!と(笑)
悪口になってしまいすみません(苦笑)いや本当ツイッターって相性が悪い人間にはとことん合わないツールですね…。
ヒロコさんこんにちは。るかなと申します。今回も興味深い内容でしたので、コメントさせていただきました。
Twitterがなぜ悩みの種なのか、体感的にはわかるけど言葉にするのはとてつもなく難しいですよね。それを見事に代弁してくださった思いで一杯です。
読みながら、わかる!と何度も頷いてしまいました。明らかに不快な内容だけではなく、他人の他愛もない呟きもなんだかウザく思えてしまうんですよね。
悪口や愚痴ではないのだけど別に読みたくもないものを目にしてしまう環境もまた、積み重なればストレスになり得ます。
私は同人アカウントの他に日常などの雑多アカウントも持っていましたので、非常に共感できました。雑多アカウントは一般人も多くいましたので、ある意味同人アカウントよりもカオスでしたね。情報量が多すぎて目眩がしそうでした。自分とは住む世界が違うような呟きを見て、自分はなんて底辺なんだろうと落ち込むこともありました。
そして今振り替えると自分に有益な情報は1割にも満たなかったように思えます。
9割は別にどうでもいい消ゴムのカスみたいな情報でした。その中で自分に必要な情報があったとしても、常にタイムラインに張りついてなければ見逃してしまい、恐らく一生見つけることはできないでしょう。
果たしてそこに利益はあるのでしょうか?
Twitterは検索システムもあまりイケてないので、なかなか欲しい情報も見つけづらいです。Google先生に頼った方が一億倍いいです。
特に決定打になる出来事がなくてもなんとなく不快になるのは、どんなに仲がよい人でも長期旅行などで長く一緒にいると、なんとなく嫌な面が目についてしまうのと似てると思います。
Twitterは24時間同じ場所にいるようなものですからね…。
あとこれは私の性格がものすごく悪いせいかもしれませんが、他人の幸せツイートを目にするたびに「こちとらラッキーなことなんて何もねぇよクソが!」と僻んでしまうのも堪えました。(言葉遣いが悪くて申し訳ございません)
それから同人アカウント特有の
「私のいいところを3つフォロワーさんが教えてくれる」
「◯◯の中から気になった人お迎えします」
などのかまってちゃん&謎の上から目線タグが最も嫌でした。
昔はこんなあからさまな褒めてアピールや上から目線発現なんてしようものなら即効ヲチ対象決定だっただろうに、時代は変わったなぁと悪い意味で感心しています。
表には出さないけどSNSで悩んでる人ってたくさんいるのかもしれませんね。
私はヒロコさんのブログに出会えて本当に救われました。いつもありがとうございます。
>一オタさん
愚痴やかまってちゃんは、まだ暴言などと同じで「不快なもの」と認識できますが、もっと何でもないもの…挨拶とか「昼は〇〇を食べよう」とか「これから仕事だ」とかジャンルや同人とまったく関係ない話題とか…こういったものも、ツイッターで毎日雨あられのように浴びせられたら「どうでもいい!黙れ!」という心境になってきます。
ひとりで趣味の世界に没頭する性質のオタクと、他人の言葉が四六時中聞こえてくるツイッターでは、どう考えても相性は最悪です。交流厨のにわかオタクはどうだか知りませんけど。
私は最初から同人の話をするためにツイッターを始めましたが、最後のほうになると、作品の投下とリプの返信以外で呟くことはほとんど無くなっていました。
他にも同じように呟きが減っていく人はいたので、私と同じ心境だったのかもしれません。
周囲のみっともなさにウンザリして、何がヤバイのかも分かっていたはずなのに、ツイッターをすぐにやめられなかったという事実…これが一番恐ろしいことだと思います。
合わない人は早くそれに気付いてやめるのが大事ですが、難しいかもしれませんね。
>るかなさん
こんにちは。今回の内容は、説明が難しすぎて自分でも何を言ってるのか分からなくなってましたが、断片的にでも伝われば幸いです。仲のいい家族でも24時間一緒にはいないのに、ツイッターは使っている限り他人と24時間繋げられていると考えると、いよいよ本気でなぜもっと早くやめなかったのかと疑問に思ってしまいます。
同人をしていた頃の私は、ツイッターだけでなくネット自体をオタク活動以外の目的で使ったことはありませんでした。このブログは私にとっては本当にイレギュラーな存在です。
私の非オタクの知り合いはSNSに興味が無い&使える環境に居ない人ばかりなので(というかSNSなんてしてるヒマが無い本当のリア充なので)その辺は良かったと思っています。
それなのに私は同人活動のためにとツイッターに執着してしまって…大人しくリアル知人たちを見習って離れるべきでした。SNSをしていない人が身近にいると、SNSの幸せアピールは正直嘘くさく感じるので(良いことがあればリアルで喜ぶだけでいいですよね)私はそれはどうでも良かったです。やはり邪魔だったのは、実の無い話をする同人者でした。
ヒロコさん、こんにちは。オタクアカウントを閉鎖した後、実生活用のアカウントを残して、そちらで新しい習い事のイベントや講師のアカウントをフォローしていた時、最初は良かったのですが、段々と尊敬している講師の「どうでもいい」呟きを目にするのが辛くなってきて、フォローを外そうか、ミュートにしようかと悩んだ挙句、結局アカウント削除をしてしまいました。当時はオタクアカウント同様、リアルライフのコミュニケーションも自分には無理なのかと落ち込みました。
なぜツイッターの呟きはウザく感じるのか。SNSで疲弊する理由を個人的に調査しています。「Social media fatigueソーシャルメディア疲れ」について、アメリカでは2013年頃から既に一般ユーザーが訴え、それを危惧する心理学者などが警鐘していたことが判りました。「不快に思っているのに止められない」中毒症状などもそうですが。なぜ不愉快な気分になるのかという点は、あまり明確に書かれてあるものは見つかりにくかったです。今回、ヒロコさんが記事に書かれていた不愉快な気持ちは、本当に「ツイッターあるある」ですね。私も同じように感じていました。
このSNSコミュニケーションの不愉快な点、ヒロコさんはとっくにご存知かもしれませんが、今まで原因が言及されている事柄と照らし合わせて少し整理してみました。
1. 個人が全世界に情報発信するSNSはまだ比較的新しい技術で、コミュニケーションの方法(やっていい事、やってはいけない事など)がまだ構築されている過程にある。センスのいい使い方がユーザーに体系化されていない。
2. 人間関係がデジタル化されたことで、常に可視化。聴衆(フォロワー)がいる為、SNSでの振る舞いは「パフォーマンス行動」と同じになる。そしてパフォーマンスをし過ぎるようになる(承認欲求に通じる)
3. プロフィールで自己を定義すると同時にプロフィールに縛られて行動するようになる。
4. コミュニケーションは「人対人」ではなく「人対プロフィール(ペルソナ、作られたアイデンティティ)」であるため無意識に違和感で疲れる。
5. ユーザーは大きな円形刑務所の中にる「囚人」と「警備員」の両方を担う。互いに監視して判断を下さなければならず。常にストレス下にある状態。
ヒロコさんの記事にあった、締め切り間に合わないとツイートする人も、この上のどれにも当てはまるのかなと思いました。「間に合わないけど、私頑張っているパフォーマンス」をして、フォロワー(相手)がどう思っているか、厳密に「一個人」とは考えず「プロフィール(同じ作品好きな同士)」に対して(やっていい事、いけない事など考えないで)思うがまま呟いている。一方、ヒロコさんは嫌が応にもTLで目にして(監視させられ)「こいつは駄目なやつ」という判断を下さなければならない。不愉快に感じられても仕方がない状態です。
SNSが台頭してくる以前のコミュニケーションは、人間が長年培ってきた方法で、人間の脳も心も無理なく対応できるようになっていました。新しい技術であるSNSはデジタル上に造られたプロフィールとの対話性が基盤になっていると考えると非常に虚ろで、まともなやり取りはあまり期待できないのかなと思います。人間関係が可視化されているので無碍にも出来ず、「どーでもいい」やり取りを目にしながら、ゆっくりと蝕まれていく。本当に何故こんなものを重宝して多くの人が使うようになったのでしょう。少なくともオタク活動には一番合わないのに。
世界中で多くの人がソーシャルメディア疲れを訴えていて、解決の一番の方法はSNSを「きっぱり永遠にやめること」だと言われています。でも止められない人が圧倒的に多い。
「SNSをやめたいのにやめられない」依存症を訴えている人の話は無数にあります。なぜ中毒症状を起こすのか、その仕組みも明らかにされていて。「SNSはスロットマシーン原理と同じメカニズムで構築されている」という記事を最近読んで、SNSは百害あって一利なしだなと思いました。ギャンブル脳になっていて止められない。ヒロコさんが書かれているように、面白い情報、有意義な書き込みを得るには、オッズが低すぎる。それでも当たりを逃したくなくて、TLをスクロールし続けてしまう。
フォロワーさんとの関係性は、同好の士で大切に思えば思うほど切りにくく。「解消ボタン」をひとつ押すだけでは済まない恐怖心や不安感も伴います。本当に難儀。それでも私はアカウントを削除して逃げました。作品が好きな自分は、存在しているのにツイッターから消えただけで、ジャンルから居なくなった人扱いされるのもなんだかなあと思います。でも界隈から一歩離れて、サイトで活動していると原作と自分の間に介在するものが何もなくて、純粋に作品世界に浸っていられます。「沼っている」というより心地のいいぬるめのお湯に浸かってリラックスしているような、雑音が耳に入らず創作に集中できています。
いつも考えさせられる記事を読めて嬉しく思っています。ありがとうございます。辛い経験もヒロコさんが記事に書かれているようにユーモアを持って振りかえられるといいなと常に思っています。
>かむなぎさん
こんにちは。昔の掲示板やメールなどでの連絡は、ある程度きちんとした用事が無いとしないものでしたが、SNSは些細なことでも一言だけでもいつでも共有できてしまいます。
最初は同じジャンルの人達を身近に感じられる気がして楽しかったけど、正直「どうでもいい呟き」の比率が高すぎてどんどんストレスがたまっていきました。
この「最初のうちは楽しい」というのもマズイと思います。最初から不快だったら中毒にはなりません。最初は楽しくて、いろんな人と繋がって、でもそれが後になって物凄い呪いになって返ってくるのです。最初の楽しい記憶があるからすぐに逃げることもできず、やめられない間はガス室に閉じ込められてじわじわ殺されていくような感覚を味わいました。
ギャンブル脳になっているという感覚もよく分かります。タイムラインを見ていて不快な呟きばかりでも、もしかしたらもう少し探せば面白い呟きが見られるかもしれないと、寝る時間を削って見続けてしまったことも少なくありません。これが中毒だということに自分で気付けない人も多いと思います。私も自覚するのに時間がかかってしまいました。
私はただ推しに萌えてるだけで良かったのに、SNSについてこんなに必死に考える未来が来るとは夢にも思いませんでした。ただ、辛い経験の辛さを人に分かってもらうためには、言い方を考えないと、それこそツイッターの呟きのようにウザイだけになってしまいます。
不快な内容を不快じゃない文章で伝えるテクニックが欲しいのですが、難しいですね。
初めまして。私もツイッターからサイトへ戻った者です。
背中を押してくださったのがこちらのブログでした。ツイッターに関する記事やコメントを隅から隅まで読ませていただきました。
私はヒロコ1号様と同世代で個人サイトの古き良き時代を覚えているため、サイトへ戻る選択肢があることを知っていました。
でもSNSしか知らない若い世代の人達は、SNSしか居場所がないと思い込んで無理して続けている人もいるのかもしれないと感じます。
そんな若い方達にこそ、こちらのブログを読んで欲しいと願ってしまいます。
ただサイトへ戻るということは交流がほぼ無くなることを意味します。なので創作すること自体を楽しめる人、孤独に耐えられる人しか難しいかもしれません。
私も未だに油断すると寂しくなってツイッターに戻ってみようか、今度こそ上手くやれるんじゃないかと気持ちがぐらつくことがあります。
それだけツイッターの魔力はすごいです。
でもその度にこちらのブログを読み返しては踏みとどまっています。
フォローする人をよく選んでいたつもりでした。ミュートやブロックもしていました。なのに見たくない物はどんどん流れてきて謎のモヤモヤが溜まっていく悪循環。
このままツイッターにいたら好きなジャンルやキャラクターを嫌いになってしまいそうで怖かったです。それだけは避けたいという一心でツイッターから逃げ出しました。
サイトに戻って自由になったはずなのに「こんなことを書いたらどこかの誰かにバカにされるんじゃないか、ブロックされるんじゃないか」とためらう癖が抜けません。
自覚がないうちに、見えない人達の顔色をうかがうのが普通の状態になっていたなんて、なんだか悲しく情けないです。
これから少しずつ「サイト」という安全で一人きりの空間の中で自由に創作する楽しさを思い出していきたいものです。時間はかかりそうですけれど。
ヒロコ1号様の文章は的確で読みやすく、すごく説得力がありますね。
正体不明のモヤモヤをきちんと言葉にしてくださってありがとうございます。
こちらのブログに救われる人達がもっともっと増えますように。
すいません。私は同人関係の人間ではないのですが、Twitterをやめた人の話をたくさん聞くにつれて、書き込んでいる人が同人関連の人が結構多いなと感じ、色々調べていたところこちらにたどり着きました。
同人関連での人間関係の悩みも、なかなか色々あるんだな、と思いました。
自分の話になってしまいますが、私は、人と交流するためにTwitterに書き込みをしたりいろんな人をフォローしたりしていましたが、界隈とは違う意見を発言したり発信したりすると、界隈の方に袋叩きにされるということがあり、人間不信になりかけていたこともあってやめてしまいました。(界隈は、政治や思想関連の界隈で、炎上する人がものすごく多いです)
今となっては、Twitterのその手の界隈に首を突っ込んだことを本当に後悔しています。
Twitterをやめて半年くらいになりますが、この記事を読んで腑に落ちました。
Twitterよりも幅の広い人と関わる手段はお金や時間さえかけてしまえば色々あるし、現実世界の人間関係や、親や親戚などを大事にしてこれからは生きていきたいと思います。このような記事を書いてくださって本当にありがとうございます。Twitterをやめた人は少なくないとはいえ、ここまで詳しく書いてくれる記事はなかなかないので…
わかりますー。
絵が下手な私は、頑張って描いたのに、いいねしかもらえなかった、私はリツイートたくさんしたのになとか、確実に反応くれる人の好きなキャラしか描かなくなった時とかは、あ、この状況楽しいかといえば楽しくないかもと気づいちゃいました。
自己顕示欲強めなので、いいね命でした。ゆえにフォロバは確実にしてたけど、ミュートは、ちょっとでも気に入らない発言してた人にはバンバンかけてて、後でその人の垢を遡ってさりげなくいいね押す小狡いこともたくさんしてました。
Twitterは面白いとこあるけど、割と時間泥棒だな?あと、こういう付き合いのめんどくささも学校の友達とあんま変わんないなというのが本音です。確実に自分が気にいるツイやイラストをあげる人なんてそうそう居ないですよね。
今は、過去のフォロワーの誰とも繋がらない垢で、好き放題、裸踊りみたく、絵やツイ書き散らしてます。
ここまで見てくださりありがとうございます。
>春雨さん
はじめまして。若い人が今からサイトを作るのはハードルが高いけれど、何でもいいからとにかくツイッターから離れようと考えれば選択肢はもっと広がるはずです。問題は「ツイッターを使わなければいけない」という謎の思い込みをどうやって捨てるかです。
創作はどうでも良くて構って欲しいだけの人は、むしろツイッターに隔離してもらえばいいんじゃないかなと思いますが、ツイッターがそんなに交流に最適なツールかと言うと、とてもそうは思えません。構って欲しくてツイッターをしている人が、ちゃんと構ってもらえて満足しているかと言うと、結局それも叶わなくて見えない不満が溜まりまくってそうです。
私は、ツイッターをする前は長年仲良くできていた相手が、ツイッターをしたら悪い所が見えて絶縁というパターンも多かったので、悪いのは人ではなくツールの仕組みという考えも持っています。リムブロやミュートを駆使しても、不快感を消すことはできませんでしたね。
説明しにくいことを文章にするのは大変ですが、少しでも共感して頂けたなら有難いです。
>メロンパンさん
こんにちは。確かに同人特有のトラブルというものもありますが、結局は一般的なSNS疲れに当てはまる部分が多いと思います。同人関連の人は作品発表や宣伝のためにツイッターに手を出す人が多いので、そのぶん疲れてやめていく人も多いかもしれません。
政治や思想関連だと、同人関連よりもさらに、不用意な一言が命取りになりそうです。
全員がそうではありませんが、お互いの意見を出して議論するよりも、自分と違う意見を叩き潰すことに力を注ぐ人も多いので、ツイッターで有意義な話し合いは無理な気がします。
やめた人の体験談は興味深いですが、本人にとってはできれば思い出したくないことでしょうから、詳しく話してくれる人は少なそうです。私もやめた直後はとても何かを語れるような精神状態ではなく、何年も経った後に今書いているような文章が出てきました。
あと、私も残りの人生は現実の人間関係を大事にすることを真剣に誓いました。
>青サバさん
こんにちは。リツイートのほうがいいねよりも拡散されるから、いいねよりリツイートをしてほしいと思う人もいますよね。でも、する側はそんなの知らねーよって感じですよね。
私は、どんなにいいねしてもらっても「お返し」で相手の絵にいいねをすることだけは絶対にしませんでした。相手の絵を本当に気に入ってないのにいいねしたくないし、それだと自分にしてもらったいいねも、どこまで本当なのか分からなくなります。
承認欲求とは言いますが、嘘のいいねなら、それって承認すらされてませんよね。
ツイッターでは、いいねやリツイートをするかしないかという話でも、ちょっとしたことで嫌な気分になっている人が大勢いて、そんな人と繋がっていたら自分も楽しくありません。
誰とも繋がらずに裸踊りが実は一番気持ちいいなと、私も長年生きてきてそう思います。
初めてコメントします。
過去にヒロコ様のブログ記事を参考に、ツイッター退会を決めた同人者です。
今回の記事も大変勉強になりました。
私も気持ちの整理の為に文章にまとめようとしたことがありましたが、うまくまとまりませんでした。
不快ではないが見たくないものが、ひたすら目に入ってくることの積み重ね、しっくりきました。
最後の方は、ワードミュートの単語数も異常なまでにふくれ上がっていました。
私も自分で言ってしまいますが、TLはしっかり読む方でした。
このブログの同人活動の思い出カテゴリーを何度も何度も読みながらも、ツイッター活動は苦手だけれど、サークル活動はしたいからツイッターは続けなければ…と今思うと完全に思い込みだったのですが、それがなかなか消えませんでした。
大手でもないし、今時の同人はツイッターで宣伝しないと誰も見てくれないのではと思い込んでいました。
しかし今回の記事の通り積み重ねが限界を超えたのだと思います。
ツイッターを退会したことでサークル活動を以前のように楽しめなくなったとしたら、サークル活動も辞めようという考えにシフトしてしまいました。
私にとっても学生時代より長く続いていた唯一の趣味でした。絶対に辞めれないだろうと思っていました。
結果、ヒロコ様が書かれた通りツイッターを退会したところで、スペースに立ち寄ってくれる方がいなくなることはありませんでした。
会場のその場限りでも、直接ジャンルの話ができるのはツイッターのTLとはまた違った楽しさがあると再確認しました。
私はツイッター期間も短く、まだ傷は浅かったのですがそれでも以前ほどサークル活動には情熱を持てなくなり、即売会は一般参加中心になりつつあります。
このブログを読んでいなければ、嫌だ嫌だと思いながらも断ち切る決心がつかなかったと思います。
その場合はどうなっていたか分かりません。読み手も辞めていたかも知れません。ありがとうございます。
同人活動の思い出(私も90年代開始なので過去の体験談はなつかしく楽しいです)、スイーツのレポート記事も楽しみにしています。
どうということもないような呟きが不快という感覚、とてもよく分かります。
リムブロするほどではないし、呟いてる側も何も悪くないんですよね。私は作品を上げる時以外ほとんど呟きませんが、それでもきっと誰かを不快にさせているんだろうなとも思います。
特に不快なのは、相互同士のリプが延々とTLに流れ続けることです…この機能、見ている側も見られている側も誰も得をしないと思うのですが、なぜ無くならないのかと不思議に思っています。独り言の時は常識的な呟きをする人でも、リプが続くことによってどんどん品性を疑うような発言をする人が本当に多いです。二次界隈の特性かTwitterの特性かは知りませんが、変に幼稚な言葉遣いでやり取りするのも見ていて苦痛です。
私のいるジャンルはわりと穏やかな方なのに何がこんなに苦痛なのか、自分の心が狭すぎるのかと悩んでおりましたので、ヒロコさんの今回の記事はたいへん参考になりました。次の更新を楽しみにしております。
>匿名希望さん
はじめまして。私もワードミュートを駆使しようとして、匿名希望さんと同じくミュートする単語数が物凄いことになり、その単語の羅列を見て気分が悪くなった思い出があります。
そんなことをしてまでツイッターを使おうとしていた当時の自分が謎すぎます。
私の昔のフォロワーも、ツイッターでイベント参加の告知をするのを忘れたことがありましたが、本の売り上げはいつもと変わりませんでした。宣伝する側はフォロワー全員が自分の宣伝を見てくれていると思いがちですが、実際はフォローしてもそこまできちんと情報を確認してくれる人の割合は少なく、確認しても100%スペースに来るわけではありません。
人が多くても真面目に見てくれる人は少ない場所で宣伝するのと、人が少なくてもほぼ全員が真面目に見てくれる場所で宣伝するのとでは、どちらが良いかは明白です。私はツイッターをやめてからは自分のサイトで告知していましたが、正直それだけで充分でした。
イベント会場でその場限りの話をするのは楽しいですよね。私も、特定の人と交流するのをやめてからも、そういう一期一会の出会いは楽しんでいました。今の同人界の空気はもう正直分からないのですが、90年代の思い出はまた機会があれば語りたいです。
>さくさん
リプ合戦で盛り上がっている時は、相手が話す内容に引っ張られて、自分の発言もエスカレートしがちです。当事者同士だけで盛り上がるなら良いのですが、そのやり取りは共通のフォロワー達にも見られていて、そこで誰かにとっての地雷発言が出たりすれば「会話してないはずの人から知らないうちに嫌われてた」なんてことになるわけです。
想像力の無い人は、リプ合戦の時は相手1人とだけ会話をしているつもりでいます。
でもその内容は、関係ない他のフォロワーにも(何ならフォロー外の人にも)丸見えです。
リプをしている相手は1人でも、発言内容は全員に気を配って発信しないと自分のためにならないわけです。これが分かっていない人が多いから地獄絵図なんだろうなと思います。
穏やかなジャンルなら平和…となれば良いのですが、ツイッターの特性的な意味でそれは不可能な気がします。むしろ、穏やかなジャンルにも火種を持ち込むのがツイッターです。
正直ツイッターの仕組み自体喧嘩を誘発するためとしか思えません
注目浴びたいがためにひどい言葉を使うような人が増えてるし
全然そんなの関係ない作品なのに逆レとか美少年の顔をくらうとか意味不明なツイートしてる人いたとき本気で気持ち悪かったです
なんの作品か忘れましたけどテレビCMしてた何かだったかと、
ああいう人がいるとそのゲーム自体のイメージもわるくなるし、ツイッター者はそういう発言は全部凍結してほしいです気持ち悪いですし
それで犯罪者予備軍みたいな人同士なれ合ってるし
ツイッターがバカ発見器ってのは言いえて妙だと思いますよ
2chでも荒れることあるのに。2chでスレ分けないで皆まとめて放り込んだら喧嘩になるに決まってますよ
ほんと基地外キモオタは全員殺処分してほしい。普通の人からみてもきもいし、オタクから見てもきもいし。ネットで基地外発言するしかできないなら生きてても楽しくないでしょうし。
ああいう犯罪者に活動の場を与えるだけの場所になってますよ今のツイッターって
>匿名さん
スレが分かれていない2ちゃんねる(今は5ちゃんねるですが)というのは、かなり納得のいく例えですね。しかも基本的に全員が匿名の某掲示板と違って、ツイッターはアイコンや名前で個人を区別できるので、それがさらに特定の人への憎しみを煽っている気がします。
呟きが全部匿名で誰が誰だか分からなければ、もう少し不快感は減るかもしれません。
私はもうツイッターをやめて7年ほど経ちましたので、さすがに個人的な恨みは落ち着きつつありますが、だとしてもバイトテロや、有名人を誹謗中傷して訴えられているような人達をどう頑張っても擁護することはできません。あんな人達を生み出したツールを、他に良いことがあるわけでもないのに使い続ける人はどういうつもりなのかと思います。
個人的には、気持ち悪い発言をする人達も、ツイッターさえ無ければバカなことは言わなかったのではないかと考えています。それこそツイッターのシステムに踊らされて目立ちたい気分になってしまったとか、周囲に流されて気が緩んで(正気ではない状態で)言ってしまった場合が多いのではないかと。バカ発見器でもあるけどバカ製造器でもあると思っています。
ヒロコさんこんにちは。
コメントは久しぶりですが日々興味深く記事を読ませていただいてます。
ヒロコさんは1つ1つのコメントを毎回丁寧に返信されていて、凄いなと思いました。ヒロコさんのブログのコメント欄は訪問者のコメントと返信がとても読み応えがあって好きです。
本題に入りますが、私はツイッターを公式垢だけフォローし見る専で運用しています。交流は一切してません。フォローしてる垢の中にYouTuberがいて、そのYouTuber達の大ファンなのですが、その呟きにストレスを感じることがあることに気がつきました。暴言やあからさまに不快な発言があるわけではありません。
興味の無い話題や自分には関係のないものがガンガン流れて来て、いずれストレスになるのでした。
私はこのブログのおかげで、得体の知れないモヤモヤしたストレスの正体をいち早く知ることができました。『そうか、人間興味のない話題をガンガン降り注がされると嫌になるのだ』と。よく考えたらあたりまえのことかもしれませんね。
私の好きなYouTuber達は、ツイッターでしかグッズなどの情報を出さないので仕方なくツイッターを使っているのですが、ヒロコさんのツイッター関連の記事やコメント欄を読んで、ツイッターとの付き合い方を改めて考え直そうと思いました。
得体の知れないモヤモヤ感を言葉にして下さりありがとうございました。救われました。もしツイッターでの、このモヤモヤ感の正体が分からなければ泥沼に陥っていたのかもしれません。
もう一度になりますが、ツイッターでの、このモヤモヤ感を記事で言葉にして説明して下さり本当にありがとうございました。
>もこもこさん
こんにちは。私のコメント返信は、同人をしていた頃もこんな感じでした。ただ、昔みたいに作品の感想に楽しく返信するのとは違って、重い話題もあるのが若干プレッシャーです。
宣伝用のアカウントでも、本当に必要な情報だけを流してくれる人は実はあまりいません。
その人自身が「絶対に無駄なことは呟かないぞ」という強い信念を持っていない限り、どうしても関係無い話題も出てきてしまいます。
でもそれは、必要な情報だけ欲しい人にとっては、じわじわと効いてくる毒なのですよね。
情報過多がストレスになるという話もありますが、ツイッターはまさにそれです。
欲しい情報だけを拾うのは難しく、その何倍もの数の関係無い情報が目に入ってきて、自分でも気付かないうちに疲れてくるのです。ここにツイッターの本当のツラさがあると思ってこの記事を書きましたが、もこもこさんのお役に立てたなら良かったです。
このモヤモヤを和らげるには「ツイッターをあまり見ない」「呟きの内容を気にかけない」しか無いと思いますが、それだと必要な情報も見逃してしまいますし、何のためにやっているのか意味不明です。これは見る専だけでなく、発信する側にも理解してもらいたい事です。
初めまして。普段はこのようにブログにはコメントしないのですが、ヒロコ1号さんの数々の記事を読みとても勇気を貰ったので思い切ってコメントさせて頂きます。
失礼がありましたら申し訳ありません。
この記事を読んでいて「分かる!分かる!」と声に出してしまうくらい共感しました。
私もTwitterで活動していました。
しかし、馴れ合いばかりで本当にその作品とキャラが好きなのか?馴れ合いのために利用しているだけではないか?と思ってしまうくらい原作へのリスペクトも愛もない人やエアプで推しの捏造エロ創作する絵師が持て囃され、そういう人達が(後でこういった人たちを交流厨と呼ぶことを知りました)界隈でも威張っていて、まともに原作を何回も見てリスペクトを忘れずに真面目にやっている自分がおかしいのかと悩みました。
私は原作と推しが本当に好きで思い入れがあるので、どうしてもそういった創作は見たくないしそんな交流厨とも関わりたくありませんでした。
なのでさりげなく距離を置いていたのですが、Twitterにいる限りその人達がチラつくし、やはり声が大きいので、自衛してもキリがなく……。
なんで〇〇さんと距離置いてるの?みたいな詮索もされ……。
他にも色々ありましたが、Twitterのせいで病み、大好きな原作も大好きな推しも見れなくなってたし、作品も作れなくなっていました。
二次創作を辞めることも考えましたが原作への想いを断ち切れず……。ただTwitterはやめたいと言った状態でした。
しかし元々SNS嫌いなのに作品を見てもらえなくなるのが怖くて無理やりTwitterをしていて、やめたい…やめたいけど作品を見て貰えなくなったら……界隈から孤立したら……と思いなかなか削除まで踏み切れませんでした。
そんな時こちらのブログを拝見し、Twitter苦手でもおかしくない、Twitterなくても見てもらえると背中を押され、今はサイトオンリーでひっそり活動しています。
サイトを始めてみて沢山見に来てくれる方がいてすごく救われたし好きなように創作できるから楽しいです。
Twitterをやめたら原作もまた楽しく見れるようになったので合わない人は本当に害のあるツールだなーと思います。
背中を押して下さりありがとうございました。
これからの記事も楽しみにしています。
>みつきさん
はじめまして。ツイッターが無かった時代にも交流厨は存在していましたが、ツイッターが無いので当然今ほど目立つことはできず、結局は良い作品を作る人が支持されていました。
私は本当に原作が好きな人としか交流しない主義でしたが、ツイッターを始めると、それまで見たことも無いような変な人達も接触してくるようになり、頭が痛くなったものです。
表向きは楽しそうにツイッターをしているように見える人も、本当はストレスを抱えている場合があります。私が昔交流していた人達は、傍からはツイッター上で毎日ワイワイ楽しくやっているように見えていたと思います。私もそれにノリ良く付き合っていましたが、本当は問題点もあるということは、オフ会でぶっちゃけていたのでお互いに分かっていました。
それでも、宣伝のために必要だと言って退会に踏み切れない人が本当にたくさんいました。
他にもツライ思いをしている人が居ると分かっているのが普通だと思っていたので「自分がおかしいのか」なんて考える人がいると知った時は驚きました。それは絶対に違うし、むしろ平気な人のほうが少数派だと、ブログで伝えなければいけないと考えました。
今の私はツイッターも他のSNSもしていませんし、このブログの宣伝も自分からは一切していませんが、その辺のツイッターアカウントよりも多くの人に見てもらえていると思います。
私は自分の同人サイトでも、このブログでも、ツイッター無しでも見てもらえることを証明してきました。みつきさんのサイトも、今後も楽しく続けられるよう応援しています。
こんにちは。去年ヒロコ1号さんの書いた記事
「(前略)ツイッターをやめられない人が多いのはなぜか?」で救われた標です。
明らかに悪意ではない書き込みでも、何だか不愉快だなと思う時があって
それは何故なのか調べたことがありました。
ヒロコ1号さんの分析力の高さにはいつも驚いています。
「今はその話に興味が無い」+「自分には関係無い」この二つが的を得ていました。
私の場合は「忙しい」を連呼する人で、
ツイートが忙しいだらけになっている人でした。
ヒロコ1号さんと同じく、呟く暇があったら黙って仕事しなよと煩わしさを
感じて嫌いになってきました。
私は忙しいとわざわざつぶやく事も誰かに言うこともなく、
その忙しさから何かにつぶやく余裕がないんですね。
ネットも見ずお風呂入って寝る、という感じで。
私はきっと、その人とはかなりかけ離れてる性質かもしれません。
だから「今はその話に興味が無い」+「自分には関係無い」だったんだと思います。
凄く勉強になりました!
実は、元気になった現在でも時折不安になってはこちらのブログを読んで
励ましを頂いておりました。
今後とも記事を楽しみにしています。
>標さん
こんにちは。ツイッターの嫌な出来事と言えば、フォロワーとのトラブルや誹謗中傷などが挙げられがちですが、自分が病んだ真の原因を落ち着いて考えてみたら、本当にそれだけ?そんなに単純な問題?という疑問が湧いてきたので、この記事を書きました。
私は長年ネットを使っていますが、ツイッターを経験して初めて、情報過多によるストレスについて真面目に考えるようになりました。ネットは便利ですが、自分にとって不要な情報もたくさんあります。ツイッターで忙しいと連呼する人に対しては「こいつは忙しいと言っているけど私は忙しくないので関係無い」と切り捨てることができればラクになります。
義理堅い人は、繋がっている人のツイートはすべて確認して全員に向き合ってあげないといけないと思い込んでいるから、疲れてしまうのですよね。昔の私はこれに近い考えでした。
そんな私が救われるためには、自分の生まれつきの性格を壊すところから始めないといけませんでした。これを乗り越えた後はとても心が穏やかになりましたが、乗り越えるまでは、比喩ではなく「心を引き裂かれる」感覚でしたので、他の人には決してオススメできません。
標さんはせっかく元気になられたのだから、今後も無理せず平和に過ごしてほしいです。
こんにちは、少し前からブログを拝見させて頂いています
TLに広告が激増したりイイねが晒される様に仕様変更されてから、Twitterのユーザーの在り方に少し前から疑問と気味悪さを感じ始め、現在呟きを控えて距離を置いている状態です
利用期間の長さからいきなり辞めると禁断症状を起こしかねないので、Twitter以前から今も交流のある知人のディスコード登録をしたり、休止状態のサイトを再始動させたりしている最中でして、下準備をした上でTwitterからスッといなくなるつもりです
自分がTwitterを使い始めたのはRT機能もなくイイねがふぁぼと呼ばれていた時代からですが、震災を境にTwitterはおかしくなり始め、病気騒動で追加のおかしな人が一気に雪崩れ込んだり、答えの無い話題に対して「どうでもいい」や「好きにしろ」が許せず、白黒はっきりつけようとイデオロギー対立している人が激増し、インターネットスラムどころかインターネット紛争地帯状態なのが個人的な印象です
トレンドやタグなんて、社会運動ごっこの道具にされてますし
自分は初期からTwitterはサイトやpixivにアップする程でもない、チラシの裏として使っていたので交流も消極的でした
スマホアプリ版を消し、トレンドや広告をカットできるサードクライアント等駆使したり、トレンドで荒れてもせめて自分のTLは道頓堀くらいの汚さに保とうとしていましたが、もう限界がきました
今はオタクの皮を被ったミーハーや煽り耐性のない権威主義に弱い人が圧巻し、そうでない方や本当の意味でオタクの人はすっかり埋もれていると思います
Twitterは去年の夏頃から、日本ユーザーを明らかに狙った軽センシティブやシャドウバンを集中的に行っていてツイ絵描き(特にエロ絵描き)が頑張って回避方法を編み出そうとしている最中ですね
Tumblrも18禁が禁止になった時はユーザーが離れていきましたが、Twitterほどくどい抗議は無く潔かったと記憶しています
そもそもTwitterはイラストSNSじゃない(UIやシステムがクリエイターと相性悪すぎ)といっても、イイねRTジャンキーと化した人は離れられないでしょうし
なんだか、どんなに暴力を振るわれても「根は良い人だから」と別れない恋人みたいな感じです
日本より遥かに規制が厳しいアメリカに本社があるワケですから、アメリカの憲法(及び会社所在地の州法)に従うので、数多の外国の一つに過ぎない日本ユーザーの事なんか知ったこっちゃないのですが
その辺理解できず、サイトや他サービスやブログに分散や移転せず、1つの民間企業サービスに依存するのは不味いなって傍から見ています
サイトやブログ主流時代は、人は割と気軽に移転とかしていましたが、Twitterの中毒性は本当に恐ろしいです
ギャンブルの法則が組み込まれているのも納得です
嫌になったら移転するという選択肢すら思いつかなくなるんですから
そもそも、ここまで規制が厳しくなったのはTwitter社側の大人の事情でしょうが、鍵やセンシティブ設定せず全開放状態でエロチキンレースをしていたしっぺ返しもあるんじゃないかって思います
長くなってしまいましたが、これからの記事も楽しみにしています
>酉之水炊さん
こんにちは。私がツイッターを利用していたのは2009~2013年頃です。
私が退会した後もいくつか仕様変更があったようですが、正直どれも悪い方向へ行くものばかりでしたので、質の悪いユーザーが増えてしまうのは当然で、そう仕向けているのは他でもないツイッター社だと思います。震災を境におかしくなったというのも同感です。
今更規制したところで、そういう人間が集まる仕様にしたのはツイッター社のほうです。
呟きツールだと言うのなら、ひとりで呟く以外の機能は何もいらないはずです。イイネやリツイートどころか、フォローもリプもできなくていいはずです。でも、どんなトラブルが起こってもそれらを無くさないのは、ユーザー数が大幅に減るのが分かっているからでしょう。
エロ絵描きの人はそれこそ自分でエロOKなサーバーを借りて、個人サイトで自由に描いたほうが楽しいし安心なはずですが、使いにくい上にいつ規約が変わるかも分からないツイッターに無理矢理しがみつくのは、やはり中毒になっているからでしょうね。まさに仰る通り、どんなに暴力を振るわれても「根は良い人だから」と別れない恋人のようなものです。
トレンドやタグ、社会運動ごっこに関しては、私も思っていることがたくさんありますがここでは割愛します。ともかく今のツイッターは、本来の意味でオタクな人が同じ趣味の仲間を見つけるために使えるものではないと思います。友達を作ろうとして間違って紛争地帯に入ってしまうようなものです。これでも昔はもう少しマシだったと記憶しているのですけどね。