同人活動の思い出/生まれて初めてオフセット本を作った時の話

私が同人活動を始めたのは、高校に入学してすぐの頃でした。
最初のうちはコピー本ばかり作っていましたが、イベントで美しく製本されたオフセット本を見るたびに、自分もいつか印刷会社に頼んで本を作りたいと思っていました。

とは言え、当時はオンデマンド印刷というものがまだ無かったので、今のようにお手頃な価格で少部数印刷をしてくれる印刷会社は、私の記憶する限りではありませんでした。
どこの印刷会社も、部数は最低100部からしか受け付けてくれず、代金も高額でした。

でも、ある時、某印刷会社さんで、フルカラー表紙本を安く作れるフェアが開催されたのです。
最低金額のメニューは、A5サイズ、28ページ、100部、24000円と記載されていたと思います。
大昔の記憶なので正確ではないかもしれませんが、当時としては他と比べて安価でした。

この時の私は、もうすぐ高校三年生になろうとしていましたが、このフェアで初のオフセット本を作ろうと決心しました。印刷代はお年玉から捻出しました。正直、あれほど丁寧に漫画の原稿を仕上げた経験は、後にも先にもあまり無かった気がします。初めて印刷会社で印刷&製本された自分の本を作ることが、当時の私にとってはそれほど大事なことだったのだと思います。

こうして1994年4月に、私の初のオフセット本が完成しました。
当時はネットが普及していない代わりに、同人誌を紹介してくれるオタク雑誌がありました。
そこで私は「ぱふ」(2011年に休刊)という雑誌に自分の本を送りました。

他の雑誌だと選ばれた本しか紹介されませんでしたが、この「ぱふ」は、大手さんや上手い人の本は画像付きで大々的に紹介する一方で、それ以外の本もすべて文章のみで紹介してくれました。
私の本は当然、文章のみでの紹介でしたが、それでも自ジャンルの本はとにかく全部買ってくれるタイプの人からは通販の申し込みがあったので、そこで10冊くらい売れました。

あとはイベントで10冊くらい売れて、友人知人に配ったのが10冊くらいという感じでした。
予想通り100部完売は不可能で、私の同人人生の中で最も大量に余った本となりました。
それでも作って良かったと思っていますし、私はこの後たくさんの「印刷会社で印刷された本」を作ることになりますが、初めて作ったオフセット本の思い出はやはり特別なものです。

今回の記事は、あの時代の同人初心者として、よくある内容ではないかと思います。
今の時代の初心者さんは、昔と比べて環境が整っているので、もっと効率良く動けそうですね。

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コメント

  1. 綾瀬 より:

    ヒロコさん、こんにちは。
    私が初めて一人でオフセット同人誌を作ったのはヒロコさんより少し遅く、1999年でした。
    この頃にはオフセット本も50部から刷れるようになっていたので迷わず50部刷りました。
    余部が20部以上ついてきました。小説でA5 表紙黒一色 44ページで28000円ぐらいでした。

    地元では大きな同人誌即売会がなく下調べのため、7000円ぐらいかけて大阪の即売会を見に行ったのですが、たまたま他のイベントとかちあったらしく、サークル数は150スペぐらいあるのに一般参加者ぐらい10人ぐらいしかいないという悲しいイベントでした。
    これを見て私は即売会で売るのはムリだと思い、通販に絞ることにして、ありとあらゆる同人誌通販コーナーがある雑誌に同人誌を送りまくりました。

    コミックボックスジュニアと、あとはBL小説雑誌に片っ端から送りました。
    やはり掲載には選考があるようで全部は無理でしたが、4冊ぐらいの雑誌で紹介してもらえて、いい具合に70冊ちょっと申し込みが来たところで落ち着きました。
    本当に運が良かったというか、需要のわりに供給が少なめのジャンルだったのかもしれません。ギリギリ印刷代は回収できましたが800円ぐらいの雑誌を8冊ぐらい買ったのでそれなりの出費でした。
    後日、本を買ってくださった方から感想のお手紙をいただいたのも良い思い出です。

    ですが、これは本当にビギナーズラックだったようで、あれから同人活動を数年間の間隔でやめては戻りを繰り返していますが、残念ながらあのときの70部が自分の最高頒布数のままです。
    でも今ものんびりと同人活動を楽しんでいます。
    今は印刷代が安くて少部数から刷れるのは助かりますね。

    ちなみにこれ以前の学生時代に友人と折半でマンガのオフセット本も作りましたがこちらは一冊も売れなかった記憶があります。
    ヒロコさんが最初から20冊売れたのはすごいと思います。

  2. ヒロコ1号 より:

    >綾瀬さん
    こんにちは。確かに1999年頃には、50部から受け付けてくれるようになってきましたね。
    余部も印刷会社によっていろいろでした。私の初オフセット本の余部は10部でしたが、知人が使った印刷会社は30部以上つけてきて「こんなに売れないのに」と困っていました。
    今はフルカラー表紙が当たり前になりましたが、昔は単色刷りの表紙でも高かったです。

    小さい即売会ではなかなか売れなくて、もし東京に住んでいれば、初心者でもコミケに出たりして本もたくさん売れるのかなと羨ましく思っていましたが、東京まで遠征してコミケに参加したけど一冊も売れなかったという知人もいて、そんなに甘くないと思い知りました。
    行列ができるようなサークル以外は、通販でなんとか売っていく感じでしたね。

    コミックボックスジュニア、懐かしいです!今は雑誌名が変わっていると聞きました。
    雑誌に載っても、有名大手以外はそこまで大量に申し込みが来るわけではなかったので、ジャンルによるところもあるとは言っても、70冊ちょっとの申し込みはすごいです。
    私も、感想のお手紙は嬉しかったです。当時もらったお手紙は今もまだ手元にあります。

    昔のことを考えると、今の少部数印刷って本当に有難いなと思います。今はもう、ダンボール箱いっぱいの在庫をどう処分しようか悩む人はいなくなったのではないでしょうか。
    私は、オフセット本に挑戦する前に作っていたコピー本も似たような頒布数でした。
    オフセットにしたらもっと売れるかと思ったけど、それこそ全然関係ありませんでした。

  3. つきん より:

    本づくりの経験も語って下さりありがとうございます。
    自分のみの一冊で小さい文庫本(サイトもそうなのですがあくまで自分の好みで描いているだけなので来てくれて読んでくれるだけでもありがたいことで。忙しい時間の中割いてくれているのだと思いながら色々自分なりにカスタマイズして描いています)と思っていたのでかつては大変だったのだと分かりました。いまはお手軽になっていますね、検索したら1冊だけとか全然オッケーで。

    でも、なんだか製本とはわくわくするような出来事なんですね。
    手元に自分用における本だとしても残せるものをこれから描いて(書いて)いけたらなあと思ったりしました。
    金額のことを聞いたり、在庫のことを語られると皆さんそれでも好きを通して労力をかけてのことだったのだと気づきました。

  4. ヒロコ1号 より:

    >つきんさん
    私は、もしネットが普及した後に同人を始めていたら、本を作ることにはこだわっていなかったかもしれません。大昔はネットで作品の発表や宣伝はできない状況で、本を作っても大手サークル以外はそんなにたくさん手に取ってもらえないのが現実でした。それでも印刷会社で製本された本に憧れて、結局箱いっぱいの在庫が…というのがよくある話でした。

    印刷会社で50冊以下の注文が可能になっただけでも驚きだったのに、今は自分用に1冊だけ作るということもできて、オフ活動の形そのものが変わってきました。
    今は正直、見てもらうだけならネットでいいと思いますが、それでも紙の本が好きという人もいますし、昔とは違う感覚でこれからもオフ同人の歴史は続いていくのでしょうね。