オタクの雑談

二次創作における「解釈違い」や「神」の概念

私は2013年の終わり頃にピクシブのアカウントを消しました。
ピクシブをやめた理由は、なんと「解釈違いな作品を描く人を完全に非表示にすることができなかったから」でした。今はそういう機能もあるかもしれませんが、当時はできませんでした。

この話は「その人ひとりのために自分のアカウントを消したの!?」と驚かれるのですが、まあ個人サイトがあるからピクシブは捨ててもいいだろと思って消しました。
自分のサイトがあれば、こんな時も怖くないです。

ただ、当時は解釈違いすぎて不快だと思っていたその人の作品も、ジャンルそのものへの熱が落ち着いたら、その作品のことを思い出しても何も感じなくなりましたし、さらに同人活動自体を引退した現在は「私はあの作品に何故あんなにキレていたんだろう?」と心底不思議に思っています。

これは、マイナス方向だけでなくプラス方向の話でも同じことで「この人の作品は神!解釈一致で萌えまくり!」と大絶賛していた作品も、ジャンル熱が冷めればその崇拝も過去のものになって「私はあの作品に何故あんなに感動していたんだろう?」となります。

二次創作オタクの「解釈違い」や「神」という概念は、自分がそのジャンルにハマっている間だけのもので、解釈違い作品も神作品も、ジャンルに飽きればどちらも等しく「もう興味が無くなったジャンルの二次創作」でしかありません。そうなると、どんな内容でもどうでもよくなります。

私が過去に二次創作をしていたジャンルについては、今は普通に原作が好きなだけの状態で、しかも現在進行形の「好き」ではなく、過去の思い出としての「好き」です。公式で描かれている内容が全てで二次創作妄想は浮かびませんし、キャラやカプの解釈で他の人と対立したりもしません。

だったら、ピクシブのアカウントは勢いで消さなくても良かったかな?と今なら思うのですが、当時はどうしても耐えられなかったし、どのみち同人を引退する際にはピクシブも退会することになっていたでしょう。あ、でも個人サイトは引退しても消していないな…不思議ですね。

この話から、現役で活動している人達に何かアドバイスをするとしたら、もしも同じ界隈で「解釈違いが許せない!推しはそんなんじゃない!」と騒いで迷惑な人がいても、十年以上くらい経てばその愛や情熱も落ち着くんじゃないですかね?知らんけど、放っておいて大丈夫です。

二次創作ではキャラやカプへの思い入れの強さが災いして論争が起きたりもしますが、一次創作ではそういうのはあまり無さそうというか、一次創作の人達ってそれこそ他人の作品に興味無さそうだなと勝手に思っています。私は実態を知ることができませんが、どうなのでしょうね?

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