現在「ファンロード」や「ぱふ」などのオタク系雑誌の存在を知っている人は、どれくらいいるのでしょうか?若い人はもう知らないのでしょうか?
10年以上前に休刊になった「Find Out」にも、私はとてもお世話になりました。
今回は、そんなオタク系雑誌で会員募集をしていた「会員制サークル」の話です。
この写真は、私が昔入っていた会員制サークル「はっぴねす」の会報の表紙で、1998年2月20日に発行されたものです。写っている絵は私が描いたモリガン(ヴァンパイアハンター)です。
サークルの会長さんとの合作表紙で、この上には会長さんの絵があります。
今なら、サークルを作りたければネット上ですぐに人を集められますが、昔はそんなに簡単にはいきませんでした。まず、この記事の冒頭で名前を出したオタク系雑誌などに、サークル会員募集のおたよりを出して、載せてもらえたら手紙が来るのを待つところから始めます。
今考えると信じ難いことですが、昔の雑誌の募集関係のコーナーには、普通にみんなの住所と本名が掲載されていました。雑誌を見た人が、会員募集のコーナーに載っている住所に手紙を出して、会員になるという流れです。
昔の会員制サークルは、会員から会長へイラストなどの原稿を郵便で送り、それを会長が編集して会報を作り、会員全員に発送するというサイクルで続けられていました。
もちろん原稿は全部アナログですし、連絡手段は手紙です。
会報を見て作品を気に入った人や同じジャンルが好きそうな人とは、個人的に住所を教え合って交流することもありました。そうして仲良くなった人と、一緒に本を作ったりイベントに行ったりしたのも、とても楽しかったです。
私は複数の会員制サークルに入ったことがありますが、上手く活動が続かなかったり、交流したいと思える人が見つからなかったりする場合もありました。でも「はっぴねす」は会員数も多くて(私以外は)ハイレベルなサークルで、会長さんも良い人でした。
一度だけ、住所が近いサークル会員さん達と、イベントでオフ会をしたことがあります。あれは本当に楽しかったオフ会でした。会長さんの家庭の事情でサークルが解散してしまったあとも、何年か交流が続いた人もいましたし、このサークルは入って良かったです。
でも、今はもう交流は無いので、あの人達は今どうしているかなと、たまに思います。
創作を続けていてもいなくても、みんなには幸せに暮らしていてほしいです。
コメント
初めまして、nockyと申します。
初コメで失礼いたします。
そうですね、あの時代はそういう時代でした。
僕は、OUTの読者でした。
>nockyさん
はじめまして、コメントありがとうございます。
昔は当たり前だったことが今はずいぶんと変わってしまったので、本当に時代は流れたんだなあと実感してます。
当時はいろんな雑誌にお世話になってました。